MIT が全教員の学術論文をオープンアクセスに 33
ストーリー by reo
図書館の力の強さ 部門より
図書館の力の強さ 部門より
ある Anonymous Coward 曰く、
三重大学の奥村教授のブログによると、MIT は全ての学術論文をオープンアクセスとすることを 3/18 に行われた全学教授会で決定したとのこと (MIT news の記事, Okumura's Blog の記事) 。
情報公開のために用いられるソフトウェアプラットフォームは MIT Libraries と hp 社によって 2002 年から開発されている DSpace。原則全ての論文が公開され、公開を希望しないものについては教員が個別にオプトアウトするという姿勢。ハーバード大やスタンフォード大の一部の学部では同様の情報公開を行っているが、全学としてこの方針を打ち出したのは MIT が初という。
これもオープンソースの流れの中の成果のひとつかも
工科大学と言いつつ全然工科大学でない MIT でこういう決定がなされるのは世界の最高峰ならでは。日本の総合大学だと学部・研究科によって賛否両論となり gdgd になるのがオチか。
なに? (スコア:3, すばらしい洞察)
Re: (スコア:0)
それと、タレコミの文を見ると外国賞賛・国内蔑視のいつものパターン
という雰囲気が感じられてならない。
こういう自分達の足を引っ張り合う姿勢はどうにかならんものかね?
そもそもWWWは学術論文のためのものであった (スコア:3, すばらしい洞察)
WWW のことを初めて聞いたとき、「あ、これは学術論文をネットにもっていくということだな」と、ピンときたもんだ。学術論文というのは、個人あるいは研究グループが突発的に天才的ひらめきで書けるようなものではなく、ニュートンが「巨人の肩」 [wikiquote.org]と言ったように、数多くの先駆者の仕事の上に書くものだから、引用/参照をおろそかにしてはいけない。そこで、引用部のところには (著者, 発行年) や [1] などの形式で、ここには元になった参考文献があることを明示する。そして、論文の巻末には参考文献のリストを付ける。自分が大学院生だった頃には、この参考文献リストを片手に図書館で論文探しをしたものだった。
ハイパーテキストのキモはまさに、この引用/参照をネットにもってきたことだ。こんなことは、小説しか読んでない人には思いつかない。CERN で最初の WWW が出た後、NCSA で画像を入れる改良がなされたわけだが、これも、論文には写真やグラフを入れるのがあたりまえだから、当然なされるべき改良だ。論文(ジャーナル)の価値の指標として以前から Citation Index [thomsonscientific.jp] というのがあるが、これも Google の PageRank [nifty.com] となって出てきている。
さて、こうして学術論文の入れ物として発明された WWW であるが、商売や報道には利用されているものの、肝心の学術論文の利用はまだ発展途上といったところだ。論文のことを Paper というくらいなので、紙ベースのものでないと論文らしくないということのようだ。実際のところ、価値ある論文誌は、結構な値段を設定しても、研究者が時流に遅れまいと研究費をはたいて買ってくれていた。また、価値を維持するために、ピアレビューもきちんとやっている(らしい)。
しかし、価値ある論文誌を目指しながらも、印刷費と送料にあえぐ中小の学会では、紙ベースでの発行からWebベースに移行するところが出てきている。(とある学会の例 [ipsj.or.jp]) ピアレビューによって論文誌の価値を維持しながらも電子化によって流通を確保しようという方向なのだろう。
ところが、実際の論文の価値というのは、どれだけいい論文誌に載せたかではなく、載った論文がどれだけ引用されるかというところにある。実際、ピアレビューといって、偉い先生のところに送ると、実際にはそこの学生が読んでたりするという話はよくある。なので、とにかく論文を(草稿でもいいから)公開してしまえということになる。arXive.org [arxiv.org]なんかがいい例だ。こうなってくると、中小学会はますますその存在意義が薄れてくる。せいぜい同窓会的に年1回の研究発表大会を開くことくらいだろうか。
ただ、Webベースとはいっても、ほとんどが PDF 形式で公開しているので、紙の呪縛から逃れているわけではないし、HTML 文書のように引用/参照が簡単に跳べるわけでもない。元の論文を LaTeX で書いているなら latex2html が使えるし、Word でも HTML で保存ができるわけだから、 HTML 版も並行公開するようにしてくれると、一般の研究者はもっと喜ぶのではないかと思う。そうなれば、WWW は本来の姿を取り戻すということだ。
Re: (スコア:0)
コンテンツをXMLで保持し、PDFとHTMLを両方出している雑誌も出てきています。例えばPLoS [plos.org]が出してる雑誌とか。
とある学術雑誌が経費節減を論ずる際に、学術雑誌た
タイミングよく (スコア:2)
「学術情報流通の格差を無くそう」
http://www.chemistry.or.jp/kaimu/ronsetsu/ronsetsu0904.pdf
賛否は色々あるでしょうか、中の人の意見と言うことで、、、
やりそうもない学部 (スコア:1)
私は法学部と経済学部が鬼門だと思います。
逆に金と利権に煩い彼らが無償公開をするようなら、どの学部も反対できないと思われます。
Re:やりそうもない学部 (スコア:3, おもしろおかしい)
金と利権を求める人は法学部で論文なんて書かないのでは。
権威しか存在しないし、学説が判例を動かすと大変珍しくて興味深い事例だと言われるような業界ですぜ。
その上で実学を名乗ってるような彼らは、煩いのではなく鈍いだけだと思う。
Re: (スコア:0)
経済も海外の論文を翻訳して自分の手柄にして教職就いたのが山ほどいますし。
マトモに研究してるのは旧帝大の一部ぐらいのはずですよ。
実際、東大の経済学部教授は半数近くが海外で博士号取ってるわけで
オープンにされた日には困る人の方が多いでしょう。
Re:やりそうもない学部 (スコア:1, 参考になる)
理工学系の学会は「著者自身がネットで公開するのはOK」というところが多いのでピンとこないかもしれませんが、
心理学をやっている知人は、「自分としてはネットで公開したいのだけれど、論文誌との権利関係の取り決めによりそれができない」と言っていました。
学部が…とか教授が…ではなくて、むしろ学会/論文誌の運営母体の問題じゃないでしょうか。紀要なら学部の一存で決められるでしょうが。
まあ、オープン化は時代の流れでしょうから、学会もいずれ追従せざるを得なくなるとは思うんですが、事務作業というのはどうしても発生するわけで、回してゆくためにはどうにかしてある程度のお金もどっかから持ってくる必要はありますね。
私はそういう思いから、個人で学会に加入し会費とデジタルライブラリの利用費を払ってます。必要な論文の多くはネットで公開されているんですけれどね。
(個人で受け取る論文誌はもう全部電子化でいいと思うのですが、長期保存対策として大学図書館あたりでは物理的なメディアで持っていて欲しいですし)。
gdgd (スコア:1)
なぜ reo は「日本の総合大学だと〜gdgdになる」と思ったの? MIT のニュースリリースにもあるけど、ハーバードやスタンフォードも全学的な決定にはなっていないよね。
論文誌掲載論文の著作権の扱いは、分野や出版社によって結構違うから、全学的に統一方針を決めるのは本当に難しいと思う。MIT がこれをできたのは、伝統的に理工学が圧倒的に強い大学だからなんじゃないかな。
Re:gdgd (スコア:4, 参考になる)
研究者にとって、論文は読んでもらって(というか、引用してもらって)ナンボ、のもの。 大学の金で公開の仕組みを作るのに反対するなんて考えられない。 現在は学会/出版社ごとの著作権規定のせいで公開できないとか、公開できるがいろいろ面倒なのでさぼっている、とか、あるいは自力WEB公開のスキルはないが外注する金も無し、ってのが日本の大学の現状だ。僕の見る範囲では。
そもそも「論文」ってのは「論じた文なら何でも論文」だと思ってるのでは? > タレこみ人
研究者の世界で論文といえば査読を経て論文誌に掲載されたものだけ。つまり、著作権をその掲載誌に渡してしまってるので、自分のWEBサイトに掲載するもの自由にならない(ならなかった)もの。
もともとの発表ではscholarly articleとあるので、論文誌に掲載されたものだけでなく、とにかく所属教員の描いた学術文書は全部公開するってことかもしれないが、このあたりの英語のニュアンスがわからない。
Re:gdgd (スコア:1, 参考になる)
まぁ実際のところはそうとばかりも言えないというか……自分の業績と、周りの教授陣の業績とを比較されるのを嫌がる教授というのもいないわけではないので。さすがに表立ってそういうことを言うわけではないので、なんやかんやと脇道の方から文句を付けて潰そうという方もいます。教員採用人事とかと似たようなもんで、「反対する理由」は何とでもこじつけられるものでして…まぁ低レベルな話ではあるんですが。
それに加えて、やっぱネックになるのは独法化ですね。あれ以降、理事だの執行部だのなんやかんやと理由を付けて、文科省からの天下り(+渡り)が大学のトップに腰掛けてますから。基本的に彼らは事務方の人間なので、そういった「研究者の動機」というものについてあんまり考慮することはなく、事務方の発想でしか動かない。しかも彼らの目線は常に「中央」に向いてるというか、文科省の顔色を伺うことに終始してて、研究者や教員などの「現場」の声に耳を傾けるかというと、まず期待できません……要は自分が腰掛けている間は、現場の問題は「なかったこと」にして、文科省の意向を忠実に実行し、次にまたいい天下り先に行けるようにする。それだけ。そのために旧来の意思決定機構であった教授会は、自分らの「天下り天国」の維持に邪魔なので、その裁決力を極力絞り込んで、理事会なり執行部なり、自分たちを含んだところが決定権を握って、教授会を単なる「承認機関」にすり替えちゃってきてるわけで。今のところ、かろうじて拮抗できてるのは旧帝大くらいじゃないでしょうか。
なので、国内の大学ではこういう「全学挙げて」の動きが加速しにくく、相変わらず研究者各位がゲリラ的に行うのがベースにならざるを得ない。そのためには、自分の研究時間なんかのリソースを消費することは避けられないし、その活動について特別に大学(特に事務方)から支援を受けるのもあんまり期待できない(まー、研究室のウェブサイトの置き場の提供があるだけ、まだましだけど)、という状況だったりして。
「独立行政法人」になってる分、他の省庁なんかに比べると、「国の税金を使ってるんだから情報公開しろ!」という風当たりが「ほんの少しだけ」弱かったりはするんですが、それでも近年は「情報公開」ってのが、大学の中期目標なんかでキーワードになってるので、期待できるとしたらその辺りですかねぇ……つってもどっちかと言うと、大学単位で論文公開、とかいうより、そういうある意味美味しい(管理したがりな人達にとって、いかにも「仕事した」感がある)ネタには、いずれ文科省が手を出してきて、結局そこがgdgdなものを立ち上げてしまうんじゃないか、という気もしますけど。
Re: (スコア:0)
Re:gdgd (スコア:1)
個人的な感覚としては論文の著作権の扱いで難しいということよりも (もちろんそれはとても重要な要素の一つではあると思いますが) 、こういう全学規模の情報公開がどういう目的のもと予算を獲得して行われるだろうかという視点で考えます。日本の大学では、と限定できないかもしれないですが、こういった情報公開に関わる多額の予算が理事会で通るのは大学評価と結びつく時だろうなと。
大学評価と結びつくと今度は部局評価の向上が求められて、より高い達成度を実現するために部局配分経費を業績数に応じて傾斜配分しようとかそういう話が持ち上がるのも不思議な話ではありません。部局間でなく部局内であっても昇給評価基準に結びつけられるのではないかという話も持ち上がるでしょう。こういう時に、部局間だけでなく同じ部局内であっても学術論文を年に何十本も出す分野とそうでない文化を持つ分野とが混在しますので異論が上がるでしょう。配分経費と結びつかないなら、評価機関等から求められているわけでもない全学術論文の公開など行う必然性がない、ということで任意でいいじゃんというところに落ち着くだろうなと。反対意見を押しつぶすだけの意義が「フリーでオープンな学術交流の促進におけるリーダシップを示すこと」にあれば後はトレードオフの問題ですが、国立大学とかではどうかなと。総長主導のアクションプランとして明確に提示されてそれが推進されるとかだとまた違ってくるのかもしれません。
あとは僕の拙い知識を露呈しますが、MIT で文系というとすぐにチョムスキーが頭に浮かぶのですが、ああいう言語学の分野ってそんな他の工学系と異なって論文数も多くはないでしょうし、そういう論文数でどうこうという学内政治力学とは別の力学が働いているのかなとか思った次第にて候。
Hiroki (REO) Kashiwazaki
Re: (スコア:0)
個人的な感覚としては論文の著作権の扱いで難しいということよりも (もちろんそれはとても重要な要素の一つではあると思いますが) 、こういう全学規模の情報公開がどういう目的のもと予算を獲得して行われるだろうかという視点で考えます。日本の大学では、と限定できないかもしれないですが、こういった情報公開に関わる多額の予算が理事会で通るのは大学評価と結びつく時だろうなと。
すでに論文情報公開の全学的システムを持っている総合大学は日本にもたくさんあります。 多額の予算って何でしょうか?
Re:gdgd (スコア:1)
教員の任意の申請で論文の情報公開をするシステムと、原則全ての論文を情報公開するシステムとでは、システムの規模も必要な常駐人員も異なります。
Hiroki (REO) Kashiwazaki
出版社への圧力 (スコア:1, 興味深い)
このMITの決定は、教員の学術論文に関する権利を大学側に与えるものですが、
論文を公開する権利を出版社が抱え込んでいる限り、
論文のオープンアクセス化が著作権侵害になることには変わりません。
この決定は、これによって何かがすぐに変わるという種類のものではなくて、
出版社に対してオープンアクセス化への対応を進めさせるための圧力と考えるべきだと思います。
> 日本の総合大学だと学部・研究科によって賛否両論となり gdgd になるのがオチか。
大学教員が結束することにより権利が拡大するわけで、反対する理由は無いのではないでしょうか?
むしろ、日本の大学がやってもたいした圧力にならないというのがオチだと思います。
Re:出版社への圧力 (スコア:1, 参考になる)
TANSTAFL (スコア:0)
要は出版社がこれまで雑誌購読者から回収してきた費用をどこにつけようかという話。
もちろん論文投稿者の負担もあるけど、それだけで全て賄えない部分もある。
研究機関が雑誌購読料として年間いくら支出してるかご存知?
オープンアクセスという「聞こえのよさ」の水面下での動きにも要注意。
TANSTAAFL (スコア:1)
Aが一個足りてないですよ
# There Ain't No Such Thing As A Free Lunch
Re:TANSTAFL (スコア:1)
いやまったく。もしこの流れが拡大していくと、論文誌の経営はどうなっちゃうんだろう。「ピアレビューなんていらない」という論もあるけど、やっぱり何らかの形で論文・研究の質を維持するためのレビューは必要だと思うんだよね。
Re: (スコア:0)
ネット上でピアレビューして論文pdfの公開をすれば良いだけの話では?私の研究分野で一番権威のあるジャーナルはそういう構造になっていますし、私が知る限りでは上手く機能しています。
Re:TANSTAFL (スコア:1)
その場合は、レビュープロセスの運営や事務的経費は、学会持ち+ボランティア、という事になるでしょうか。そうなると、学会の年会費とか大学教員や研究員の研究時間減という形でコストの発生場所が移動するということか。うーむ、どっちがいいかは悩ましいけど、論文へのアクセスが簡単になる方がやっぱりいいかな。
なるほどなるほど、勉強になります。
Re: (スコア:0)
業界・官公庁に対する業務や規格策定にも関わっている学会はそうもいかんと思うが.
#ズブズブの医歯薬,土木系の学会から税金取り立てて他の学会に給付金を支給したらどうだろう?
Re:TANSTAFL (スコア:1)
情報科学関連でも小規模なところは投稿・査読・配布はネットで、というとこは結構あります。そこだけ見ればうまく行っているのですが、事務処理はやっぱり泣きどころです。教授の秘書どころか教授本人や、そこの大学院生などがボランティアとして駆り出される状況はいかにもまずい。人件費捻出の方法として素直な実装が、購読料という受益者負担方式なんですが…。
ゆくゆくは、大学がお金を拠出して一般への無料配布、ということになるのでしょうかね。
Re: (スコア:0)
その、(ネタ元の奥村氏の言い方を借りると)
高価かつ入手困難な学術誌
という形態自体をやめてしまえ、ってことでは。
従って
インターネットを使えばほとんど金をかけずに全世界に情報発信できる
ため、物理的なコストを発生しないので、雑誌購読者から回収する必要もないのでは。
さらに言えば論文程度の画像と文章中心のコンテンツならば、今となっては配信が増えすぎると問題になるようなデータ量でもないので、特定のメディアに封じ込めてお金を回収するよりも、オープンにして別の方法でお金回収した方が、より効率的である上に、現在の考え方によりマッチする(プラスになる)という考え方なのでしょう。
#というか元コメントは奴隷の鎖自慢的脊髄反射としか思えないんだが。「要は」って何。思考から直接文章を書くのはやめてくれ。
#「俺の所の経験からすると無謀だ」という根拠からの感情的批判はやめてね。MITがやったと言う話なので。
Re:TANSTAFL (スコア:2, 参考になる)
>物理的なコストを発生しないので、雑誌購読者から回収する必要もないのでは。
いや、結構かかりますよ。
まずなにより編集部員の人件費。どういう形態で論文誌をやっていくのかにもよりますが、ある程度のレベルを維持しようとすれば雑多な投稿を処理したり、その後の校正(いわゆるトップクラスの論文誌ですと、専属の校正スタッフがいて、間違いを直すとか言うレベルではなく英文とか文章構成自体を読みやすい物に直してくれるんで非英語圏の人間にとってはありがたい)をしたりといった部分にそれなりの人数がいります。それこそElsevierのように(微妙な雑誌が多いとは言え)2000誌ぐらいも発行しているとこの辺の人件費だけでもそれなりに行くかと。
また、レビューシステムの構築、維持、改善にも現状だとまだかかりそうな気が。各社ともオンラインシステムの見直し/改善は行っていますが、まだレビューする側としては改善していただきたいところ。
また、
>今となっては配信が増えすぎると問題になるようなデータ量でもないので
というほど少ないでしょうか?そりゃまあ大手配信業者に比べるとゴミみたいなデータ量なんですが、やってる側も小規模経営で、さらに個々の雑誌はそれほどでなくとも出版社全体ではそれなりの数の閲覧/検索がかかります。ですからある程度の規模のシステムを組む必要はあります。
#いや実際、時々落ちてますしね。ElsevierとかACSとか。RSCなんてもしょっちゅう重くなるのはどうにかならんものか。
まあ確かに物理的な雑誌を発行するよりはオンライン化によってコストは大幅に下がるのは確かなんですが(そのためオンライン版のみの雑誌が確実に増えている)、だからといってコストがゼロになるわけでもなく。
特に難しそうなのが、
>オープンにして別の方法でお金回収した方が
という部分でしょうか。
何せ、論文誌なんて論文読む以外にアクセスしようとはほとんど思いませんし。
広告で稼げるとも思えず、別な方法ってなんかあるんですかね?なかなか思いつきません。
#トップクラスの論文誌ならまあ行けそうですが、それ以外となると……
ああ、でもそういや最近は著者がある程度のコストを払えばオープンアクセスに出来る論文誌も増えてきていたような。こいういうのなら確かに有りかもしれませんね。
#10-20万円ぐらい?を著者があらかじめ払っておくとその論文がオープンアクセスになる。
Re:TANSTAFL (スコア:1)
>その後の校正(いわゆるトップクラスの論文誌ですと、専属の校正スタッフがいて、間違いを直すとか
>言うレベルではなく英文とか文章構成自体を読みやすい物に直してくれるんで非英語圏の人間にとってはありがたい)
あるソフトウェアの英文ドキュメントを見て殺意を覚えたことがあります。
4-6行にわたる文章が永遠と続き、どこにどこがかかっているのか難解で
普通の1-2行程度でまとめられている綺麗なドキュメントに比べて読むのに
数倍時間がかかった記憶があります。
私は箇条書きを心がけてますが…
Re: (スコア:0)
何せ、論文誌なんて論文読む以外にアクセスしようとはほとんど思いませんし。
広告で稼げるとも思えず、別な方法ってなんかあるんですかね?なかなか思いつきません。
広告……化学系の論文誌に「マイナスイオン」とか「水伝説」、
数理物理系の論文誌に「カオス理論を使ったパチンコ必勝法」なんて広告が出ているのは……悪夢だな
Re:TANSTAFL (スコア:1)
論文誌論文の購読料には、メディアの物理的なコストなんてほとんど含まれてませんよ。実際、多くのところですでにインターネット配信を手がけていますが、有料サービスとして運営されています。年間購読料か、論文単位での課金という形でお金を回収している。
要約すると (スコア:0)
レフェリー無しのフリーなジャーナル初めますたに聞こえる件について
つかそんなとこ(レフェリー無し)でパブリッシュしても成果として微妙なんで
微妙な論文しか投稿されずジャーナル自体の評価が微妙になって益々微妙な論文が集まるという
デフレスパイラルがおきんじゃね?
中立なレフェリーは必須だしそれを管理するためのコストを
どこかが負担しなければならないのは当然で中立性のためには
読者が負担するのは妥当だとまでは思う
がしかし図書費の高騰だけは何とかならんものかとは思う
つかレフェリー自体はボランティアだし
最近は電子化とかで物理的な費用もむしろ減ってんじゃないかと思うわけだが
なぜ年々値上がりするのかがワカンネ
おしえて中の人
Re:要約すると (スコア:2, 参考になる)
>なぜ年々値上がりするのかがワカンネ
これには出版社側の独占化が進んでるというのも背景にあって。オンラインサービスが提供されるようになってきた頃と時を同じくして、大手の学術雑誌系の出版社が小さなところを吸収する動きが加速されてます。大学図書館はこういったところと(包括的プランから必要な辺りを選んで)契約して、学内利用者に論文のオンラインサービスを提供してたりするわけですが、独占が進んできてるせいで、金額が年々増加の一途を辿ってます。おかげで利用負担金が上がるばかりか、これまで購読できてた雑誌を減らさざるを得ない状況になってたりする……これに加えて近年は国内の大学でも予算が厳しくなる一方なので、ますます苦しい状況に。
これって (スコア:0)
OUKA [osaka-u.ac.jp]みたいなもの?