アカウント名:
パスワード:
科学というのは論理的な考察の積み重ねだと思います。 なので、必ず、Cが成り立つのはBだからであり、Bが成り立つのはAという事実があるからで...というようにA→B→C→D→...と目的地までどこまでも積み上げていくことができます。
一方、宗教というのは創始者ないしは上層部がまず世界を定義して、そのあとでその世界の中の各事象を定義したものだと思います。 なので、その話している内容に穴がある、とか、思わず納得してしまう、とか言うのは、その各事象の定義の作りこみの度合いによる、と思います。
したがって、すでにわかっている事柄、想定内の事象については科学も宗教もそれぞれの定義に基づいて説明が行えるので、科学と宗教にたいした違いが無いように思いますが、 未知の事象、想定外、考えていた世界の外側の事象については、科学はわかっているところまで定義を積み重ねていって、 足りない最後のアプローチについては推論という形で自分で定義を作ることができます。 (その推論が別の人によって実証されれば新たな定義として受け入れられるでしょうし、あまりにもおかしいとトンデモ扱いされるでしょうが)
一方、宗教では一信者においては定義は与えられるものであるので、その世界外の事象については定義が無いために考えることができません。 ここで、明らかに思考停止をします。 ただ、その事象が身近に迫るものであれば、その事象を上層部にpostして新たに定義を作ってもらうでしょうから、思考停止の状態を維持するか先に進めるかはケースバイケースでしょう。
という訳で、現在の段階では宗教と科学の間には未知の領域において確固たる違いがあり、宗教はそこで必ず思考停止をしてしまう、と私は思います。 逆に言うと、遠い将来、すべての事柄が完全にわかってしまったなら科学と宗教が同一になるのかもしれんなぁ、と思っています。
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
アレゲは一日にしてならず -- アレゲ研究家
役に立たせる能力がない (スコア:1)
Re:役に立たせる能力がない (スコア:0)
赤ワインで肉を煮込む料理ってのがあるでは無いですか。その話になった時に、「酒ってのは熱を加えればアルコールなくなるじゃん。」と言ったんです。
「駄目な物は絶対に駄目!我が家では、その料理作るとき、水を使ってるのよ。」
いや、肉を柔らかくする為にわざわざワインを使うのだけど。その後段々と原理主義っぽくなって行ったので、遠ざかっているんですけどね。
彼らの事をフォローしておきますが、昔は最先端を行っていた中
宗教とは思考停止の事だ (スコア:0)
宗教の原則は思考停止にあるのだと私は思うんですけどねぇ。
科学ってのは、宇宙の物理法則などの既に其処に存在して居るものを発見し理解する事が基本だと思うのですが
宗教の基本は、神の言葉とか教義とかを思考停止で盲信する事にあるのでしょう。
彼ら(思考停止の盲信者)にとって、科学的根拠とは「宇宙の物理法則」って教義を信ずる異教徒の理屈であっ
Re:宗教とは思考停止の事だ (スコア:0)
欲を言えば「宇宙の物理法則は実際にここに存在していて誰も逆らえない」ということの根拠についても科学的に説明してくだされば幸いです。
Re:宗教とは思考停止の事だ (スコア:0)
上のコメントのAC さんは宗教を信じるべきでない等とは一言も書いてませんよ。
宗教に捕われると思考停止になるという点には私も賛成です。
自分の行動や言動に一貫性や意味を持たせるのは非常に労力が要りますし
時間もとられます。
だからといって宗教で偉い人が言った事を丸呑み
Re:宗教とは思考停止の事だ (スコア:0)
宗教が思考停止だという意見には私も同意できます。しかし科学が思考停止ではない理由もまた見つけられずにいます。
そこで元ACさんの「宇宙の物理法則は実際に此処に存在していて誰も逆らえない」という一節が妙に面白かったので、元ACさんは宗教と科学の違いを理解されているのかなと、その点が気になって質問していました。
Re:宗教とは思考停止の事だ (スコア:1)
科学というのは論理的な考察の積み重ねだと思います。
なので、必ず、Cが成り立つのはBだからであり、Bが成り立つのはAという事実があるからで...
というようにA→B→C→D→...と目的地までどこまでも積み上げていくことができます。
一方、宗教というのは創始者ないしは上層部がまず世界を定義して、そのあとでその世界の中の各事象を定義したものだと思います。
なので、その話している内容に穴がある、とか、思わず納得してしまう、とか言うのは、その各事象の定義の作りこみの度合いによる、と思います。
したがって、すでにわかっている事柄、想定内の事象については科学も宗教もそれぞれの定義に基づいて説明が行えるので、科学と宗教にたいした違いが無いように思いますが、
未知の事象、想定外、考えていた世界の外側の事象については、科学はわかっているところまで定義を積み重ねていって、
足りない最後のアプローチについては推論という形で自分で定義を作ることができます。
(その推論が別の人によって実証されれば新たな定義として受け入れられるでしょうし、あまりにもおかしいとトンデモ扱いされるでしょうが)
一方、宗教では一信者においては定義は与えられるものであるので、その世界外の事象については定義が無いために考えることができません。
ここで、明らかに思考停止をします。
ただ、その事象が身近に迫るものであれば、その事象を上層部にpostして新たに定義を作ってもらうでしょうから、思考停止の状態を維持するか先に進めるかはケースバイケースでしょう。
という訳で、現在の段階では宗教と科学の間には未知の領域において確固たる違いがあり、宗教はそこで必ず思考停止をしてしまう、と私は思います。
逆に言うと、遠い将来、すべての事柄が完全にわかってしまったなら科学と宗教が同一になるのかもしれんなぁ、と思っています。
Re:宗教とは思考停止の事だ (スコア:0)
宗教として一神教しか考えてないようだが、仏教も含めれば「宗教は人生の方法論」,「科学は真理探究の方法論」であるわけで、科学と矛盾する宗教もあれば無関係なものもあり、本来は独立な関係だ。
一神教に限ると世の中全てが神の意思に帰着されるため、科学と矛盾することが多いが、釈迦が始めたときの仏教は「宇宙の真理」などを議論するのは仏教の範囲外で、「自
Re:宗教とは思考停止の事だ (スコア:0)
>
>科学というのは論理的な考察の積み重ねだと思います。
>なので、必ず、Cが成り立つのはBだからであり、Bが成り立つのはAという事実があるからで...
>というようにA→B→C→D→...と目的地までどこまでも積み上げていくことができます。
>
(中略)
>という訳で、現在の段階では宗教と科学の間には未知の領域において確固たる違いがあり、宗教はそこで必ず思考停止をしてしまう、と私は思います。
>逆に言うと、遠い将来、すべての事柄が完全にわかってしまったなら科学と宗教が同一になるのかもしれんなぁ、と思っています。
Re:宗教とは思考停止の事だ(オフとぴ) (スコア:1)
#本筋からは全然離れてしまいましたが。
類似面:
相違面:
オフトピック覚悟(Re:宗教とは思考停止の事だ(オフと (スコア:0)
もしや「すべからく」を「全て」(英語のallやevery)という意味(誤用)で使用していませんか。(無粋な突っ込みだけど)
Re:宗教とは思考停止の事だ (スコア:0)
科学は誰でもソースをいじることが出来るんですね。